国際政治学における分析手続きの検証可能性向上を目指して 1.本小論文の基本的立場と意義  国際政治学、つまり現実の国際政治の存り方と機能に対する理解は、それを必要とする主体である我々の存在を前提にしている。合理的な選好を内在する我々は、過去を知り、将来を予測することを通じて、現在において最も自らの選好に適った行動を取る必要がある。そして、国際政治学はこの我々の目的を達成する手段である。  また、物質主義的な実在論を前提に、分析主体の違いによって現実の国際政治に対する認識に埋めがたい差異があるとは考えないのなら、我々が何を欲し何が出来るのかという研究主体自身の選好と能力の違いに関する問題と、研究対象である国際政治自体の問題は分離することが出来る。つまり、根源的には物質によってのみ構成されている現実が、誰にとっても同じものであると考えても差し支えないのなら、最も適切な分析手法もまた一つだと考えられる。  この視点を前提に、本小論文では、手続き自体の検証可能性に重点を置いた分析手続き構築について論じる。  社会科学全体の発展と実用上の必要性によって、国際政治学は飛躍的な進歩を遂げてきた。その内容は主に、国際政治学で取り扱われる主体に対する論理的理解の深まりである。国家や個人の選好の違いがより注目されるようになり、1つの主体も選好は固定的なものではなく、国際システムの中で絶えず更新されるものと見なされるようになった。  これらのトレンドは、複雑でありながら実例の限られた国際政治を扱う上では必然であるとすら考えることが出来る。国際政治はその規模の複雑さのために、自然科学やより小さい対象を扱う社会学のように分析者の設定した条件での実験を行うことが困難である。そして、分析者が参照することの出来る過去の事例も、量と多様性において限定されている。このような状況においてより精度の高い分析を行うために、国際政治学は科学哲学や行動科学への接近と、抽象性の高い理論を用いた現実の歴史的偶然性に拘泥されない一般的な説明手法の獲得を企図してた。  しかしながら、こうして現れてきた国際政治理論の思想体系を社会的にコミュニケートする道具として、言語という情報量の少なく、直線的な叙述になりがちなメディアの限界が露見するようになってきた。思想家の頭の中では立体的、多元的でありながら精緻に統合された理論の体系を、言語という細長く機微に乏しい方法で表現することは難しい。 表現者は冗長な記述を繰り返すか、一般的な単語の裏に特別な意味を詰め込むか、あるいは新語を乱造するかいずれかの選択を迫られ、受容者は表現者の著作をただ読み進めることにより労働集約的に理解を深めることしかできない。  言語の限界は、「オフェンシブ・リアリズム」や「悲劇学派」といったような理論の結論のみをすくいとったタグ付けに現れている。これの問題点は、種々の国際政治学理論が結論のみによって評価される傾向を強めてしまう点にある。結論のあり方は理論を構成する要素全てに影響を受けるため、その一部に誤謬や行き過ぎた捨象があると、その理論全体に対する信頼性が揺らいでしまい、織り込まれていた優れたアイデアも見過ごされることになってしまう。  したがって、言語のみによるコミュニケーションを所与のものとするのなら、国際政治分析の体系を表現、あるいは受容する際に重要となるのは、分析の体系全体の分かちがたい統一性に留意しつつもいくつかのモジュールに分解することである。このことにより、それぞれのモジュールに対して理解や批判を加えることが可能となり、先行研究の受容と理論構築の双局面において効率性の向上が見込まれるからである。  国政政治分析のモジュール化は、分析における困難を克服する各部の機能や目的を基準として行われる必要がある。あるモジュールが充分に機能し、その部位において目的を達成しているのであれば、他のモジュールが失敗しているかどうかにかかわらず、そのモジュールには価値があるからである。    国際政治学を困難な学問にしている原因は大きく分けて2つ存在する。一つは国際政治の複雑さに関するものであり、もう一つは我々自身の認識の限界による抽象化の必要性に関するものである。本小論文で提示される「モジュール化された分析手続き」も、順を追ってそれらを克服する形になる。手続きは@現実の事象に対する事実認定と因果関係、A分解された現実の断片を我々の操作可能な形へと変換する抽象化、B分解された要素を現実の模造モデルとして組み上げる編成、C組みあがったモデルと複雑な現実とを対照し、モデルの精度を問う検証の4つから構成される。分析手続きは複雑な現実から出発し、我々の扱うことのできる抽象的な世界に引き寄せてから再度複雑な現実へと還元されることになる。  この分析手続きを提示した意義はその目新しさにあるのではなく、国際政治学においてごく自然に行われている一連の研究作業を可視化することで、これまで分かちがたく結びついていた思想と思想家と を切り離し、思想の普遍性を高める点にある。    2.現実世界の複雑性の分解  国際政治の分析手続きのうち、最初に行われるモジュールが分解である。それは過去の個別具体的な歴史的事象のデータを収集し、データ間の因果関係を明らかにすることであり、史学の領土である。国際政治とは、広大で境界の無いひとかたまりのシステムである。その仕組みを明らかにするためには、データを収集することによってシステムを多面的に切り分け、解剖しなければならない。このモジュールはあくまで現実の歴史的事象に関するデータの収集に留まり、それらを抽象化する作業とは明確に区別される必要がある。この