ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第四十六話「機密」




 月が変わって第十一番目のギューフの月も五日ほどを過ぎた頃、ようやく『ドラゴン・デュ・テーレ』はセルフィーユに姿を見せた。
 あちらですと言われて庁舎の窓から空港の上空を眺めると、何故かフネが三隻ほど見えたが、そんな細かいことは気にしても仕方がない。詳しい報告は後ほど聞くにしても、ラ・ラメーはたぶん、上手くやったのだろう。……アルビオンの使者を乗せてきただとか、商用でセルフィーユに来たフネだとは思わなかったが、それこそ彼の日頃の行いというものである。
 これで一隻でも売れば年末までは予算のやりくりも何とかなるかなと、リシャールはほっと一息をついた。

 しばらくして報告にやってきたラ・ラメーを労い、執務室にある小さな応接机で向かい合う。
 ジュリアンが何やら見慣れぬ書類鞄を空いた椅子に置いて退出したが、先ずは口頭で報告を聞くことにした。
「……それで商船を行き帰りに一隻づつ、引っかけてきたというわけですか」
「出会ったのがフリゲート以上なら尻に帆掛けて逃げるにしても、商船じゃあ襲って下さいと看板をぶら下げているようなものであります。
 運良く両者共に独航中でありましたし、帆柱に三色の旗が靡いていればとりあえず襲うのがスジですからな」
 少々行程に時間を消費したようだが、御前会議に於ける王党派支援の大方針に沿い、輸送任務の達成と同時に王党派へと協力して軍艦を回航、おまけに敵商船を拿捕と、考え得る限りの成果が上がっている。
 行きがけに襲った『マリオン・クレイトン』の積み荷は糧食だったので、そのまま援助物資としてスカボローに寄付してきたという。二度手間になるからそれもそうかと頷かざるを得ないが、こちらが積んで行った倍量はあり、留守を預かる警備艦隊司令部を喜ばせたらしい。
 帰りがけに引っかけた『サウスオール・スター』の方はそのまま持ち帰ったが、こちらは残念ながら空荷で、捕虜はやはりラ・ロシェールでアルビオン艦に引き渡したそうである。
「無論、『ドラゴン・デュ・テーレ』に出来ることは、極めて限られております。次回はこうも上手くは行かんでしょう。
 砲力で勝る同級以上のフネはなるべくなら相手にせんのが、通商破壊戦で長生きする秘訣ですかな」
「……通商破壊戦?」
 聞き覚えはあるなと、リシャールは頭の片隅で考えた。映画にもなった、商船を狩るUボート対船団や航路を守る駆逐艦のあれだ。シーレーン防衛がどうのと、TVのニュースで聞いたような覚えもある。
「はい、国同士がお互いにやる、空賊みたいなもんだと思って下さい。
 アルビオンも既に少数艦を敵主要航路に投入しておりますが、積み荷は奪われる、航路は混乱する、退治するまで貴重な軍艦が拘束されると、迷惑千万です。
 これをセルフィーユ空海軍のアルビオン支援の基本戦略に位置づけたいと、小官は考えております。
 大昔、ガリアと東南方諸国の間で戦になったとき、小さな国の偉大な提督が編み出した戦争方法であります」
「……あー、大艦隊には正面から当たらず、その後ろにある航路を襲撃して締め上げよう、というところですか?」
 目を丸くしてラ・ラメーは驚いて見せた。
「陛下はご存じだったのですか!?」
「いや、なんとなくですが、想像がついたので……」
 言葉は知っていても中身までは詳しく知らないので、適当に誤魔化しておく。
「実際は、その小国はまともなフネを持たなかったので、空賊を雇い入れて王軍に組み入れ、ガリアから売られた喧嘩を買ったそうですが……半月で滅びると思われていたところ、一年持ちこたえたそうです」
 確かにセルフィーユが取りうる方針としては、最小の投資で最大の成果が得られるかと思案する。敵の経済を多少なりとも締め上げる戦争なのだと考えれば、時間稼ぎにも寄与するだろう。
「そのあたりは艦長にお任せします。
 但し、この戦いの後ろにはトリステインの戦いが控えていることを考えて、乗員とフネの生残を第一にしてください。
 でないと……本番で何もできなくなります」
「はっ、了解であります」
 空賊退治の専門家は空賊の手口やり口にも詳しいはずで、下手に口を挟むよりはいいだろう。リシャールは元より丸投げしているし、大方針は既に伝えていた。
「ともかく、ご無事で良かったですよ。
 それで、あちらの戦況はどうでした?」
「時間の問題ですな。
 ロンディニウムを出る時には、もう前哨戦がはじまっておりました。
 ……こちらをお預かりしております」
 ラ・ラメーは書類鞄から中身を取り出して、机の上に並べ始めた。よく見れば、鞄の留め具にはテューダー家の紋章が刻まれている。
 ジェームズ王とウェールズの親書、私掠税等の事務手続きを一時棚上げする書類、それから……。
「なんですか、この需品購入費用三十万エキューって……!?」
「ご判断は陛下にお任せするべきと、そのまま預かって参りました。しかも半量は現金であります。
 ……アルビオンは、今セルフィーユに潰れて貰うと困るらしいですぞ」
「ええ、はい。……それはそうですね。
 しかし、これではどちらが支援しているのやら……」
 これで完全に足抜けは出来なくなったかなと思案しつつも、ありがたいどころの話ではない。連携が取れていないようで取れているのか、タイミングの良いことだ。少なくとも、あと十回は無理をせずに需品を送れる。……それとも、別のことに使った方が良いだろうか。運用資金は確保できたのだから、手に入った商船はアルビオン支援に使うには能力不足でもゲルマニアやガリアからの買い入れに振り向けることは出来るし、トリステイン航路の『カドー・ジェネルー』と入れ替えてもいい。
 こちらは数日考えるかと、リシャールは続きを促した。
「もう一つ……ジェームズ陛下直々に、値段のつけられない類のとんでもない物をお預かりいたしました。
 空海軍司令部に移送するか迷ったのですが、まだ艦に積んであります」
 視線を受けたラ・ラメーは、更に勿体ぶって付け加えた。
「……一体何なんです?」
「アルビオンが持っている全ての海図です」
「海図……?」
「はい、軍務府で管理されていた機密扱いの海図に加え、王家が秘匿保有するものも含めた全てです。
 軽く確認しましたが、アルビオンはもちろん、ゲルマニアの奥深くからロマリアの南まで……空軍の発足以来、連綿と更新され続けてきた海図なんでしょうな。
 原図の写しらしく、アルビオン王家が持つ秘密港や表に出ていない航路まで記載されていました」
 しばらく考えてから、それは確かに値段が付けられないなと頷く。頭がついていかない。
 海図の作成は、非常に手間の掛かる作業だ。時刻や高度で主風も変わるので、領空海軍の設立後、ラ・ラメーらはセルフィーユ周辺の調査だけでも数週間をかけていた。トリステイン空海軍に聞くわけにもいかず、季節特有の風や局地気象などは、今も年単位で調査が続けられている。その手間と費やされる予算を考えれば、確かに価値は計り知れない。驚いたばかりの三十万エキューが霞んでしまうほどだ。
 特に領空外の海図は、自国商船から聞き取って情報を集め、あるいは表敬訪問の折にこっそり調査を行いと、地道な努力が重ねられた集大成であった。
「……基本的には城の奥で預かって、艦長の判断で必要な分だけ写しを取って貰う方がいいかもしれませんね」
「まあ、元々外に出せるようなものでもありませんしな」
 相手が何処までこちらの手の内を知っているか、あるいは、知られているか。
 商用航路を維持する必要上、全く表に出さないわけにも行かないが、詳細な海図は空海軍どころか王家の最高機密なのだ。現にセルフィーユでさえ他国に倣い、調べた風速は数字から強い弱いなどの大まかな区分に書き換えられて公表される。
「流石に面食らいましたが、ジェームズ陛下はセルフィーユを同盟国として頼むに足るとお認めになられたのだと思います。
 そのことだけは、小官も理解いたしました。
 また物資は次回よりロンディニウムではなくスカボローに、そちらが陥落した場合はニューカッスルの秘密港に運び込むようにと、仰せでありました」
「ニューカッスル?」
 ニューカッスルは王都ロンディニウムから見て東、スカボローから北に馬で一日ほどの距離に位置する。航路がその沖を通っているので存在は良く知られているが近くに大きな街や港はなく、王家の保養地として岬の突端に離城のある静かな土地であった。リシャールも先日、アルビオンからの帰り際目にしている。
「最後の砦と位置づけられているのでありましょう。
 空軍に知られていない、つまりはレコン・キスタに知られていない港だと推測できます」
「……わかりました。
 ああ、海図とニューカッスルの件は、基本的には内密に。
 私も話すのは、エルバート殿だけにしておきます」
「承知しました。
 こちらも水兵には箝口令を敷いておりますが、中身は古株だけに留めておきます」
「……うちも秘密の港ぐらいあった方がいいですかね?」
「ふむ。
 アリアンスの廃港なんぞは雰囲気も充分ですが、有名ですからな。
 裏口でもつけますか?」
 灯台が毎夜目立つ光を掲げていて、あれは果たして秘密になるのかどうか。
 それは今度でいいかと次回の予定について幾らか詳細を詰めると、労って送り出す。
 大きく足を踏み入れたにしても、基本的にセルフィーユの方針や軍需品集積に変化はない。
 ただ少し、後々に仕事が増えるかもしれないなと、その時は考えていた。

 二日ほど帆を休めただけで、『ドラゴン・デュ・テーレ』は再びアルビオンへと向けて出航した。
 続報はまだ入っていないが、王党派が危険なことには変わりない。支援の回数をこなそうと思えば、帆を休めている暇はなかった。
「今度の航海じゃあ、土産までは期待せんで下さい」
「無事の帰国が何よりの土産ですよ」
 互いに軽口を叩いてラ・ラメーを西の空に見送ると、リシャールは王政府の執務室に戻ってトリスタニア宛の手紙を書き始めた。
 私信でも、中身は報告書に近い。これにウェールズから預かった手紙を足して、『カドー・ジェネルー』のシャミナード艦長に預けるのだ。今回は特別にアンリエッタ宛の親書としてあるが、余人に中身を見せるわけには行かないので、急使に近い体裁を取って貰うことになった。
「直接行ければ楽なんだけどなあ……」
 考えるまでもなく、今はセルフィーユから出られない。最低限、ロンディニウムの勝敗が伝わってくるまでは待つ必要があった。
「陛下、フレンツヒェンです」
「どうぞ。
 ……それで、まとまりましたか?」
「はい。
 こちらをご覧下さい」
 王政府には、早速三十万エキューの使い道を模索させていた。
 紙片をみやれば、先ず六万を完全な予備に取り置き、軍需物資の購入に十万、アリアンス廃城の整備に三万、商船二隻の整備と報奨金と水夫の雇用込みの運航費用に三万、王政府と三軍を含めた人員増に二万、その他に細々とした領内整備にて国としての体力を増強する策なども含め、諸々を合算して三十万エキューの予算案である。
「予備は予備と言うよりも、トリステイン防衛戦に振り向けた予算のようなものですが、これに年末の税収から余剰分を加えて対処したいと考えております」
「同様の支援に徹するとしても、距離が近い分回数が増えそうですね」
「それも含めまして、同時にアリアンス島の廃軍港は来年初頭を目処に使えるようにしておきたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「……そちらは随分急ですね?
 ラ・ラメー艦長も冗談半分に似たような事を言ってましたが、何か理由でも見つかりましたか?」
「状況を勘案いたしますと、色々と都合が良いかと思われます。
 特に……トリステインがどこからか援軍を取り付けるまでレコン・キスタとは対峙せずとの方針では、王党派の脱出組がラ・ロシェールを間借りして実質的な根拠地として機能させているのは、非常に問題視されるかと……。
 距離と言い立場と言い、押しつける先は我が国ぐらいしかありませぬ」
「そうでしたね。
 うちは旗色が明確ですが、トリステインは開戦まで灰色か白色でないと……」
「はい、我が国も叛乱勢力から抗議ぐらいはされるでしょうが、国でもない相手からの外交交渉など受ける義理はありませぬし、トリステインを飛び越えてまで艦隊を送っては来ないと思われます。
 無論、空海軍長官が御前会議で口にされていたように、三色旗を懐にしまい込んだ海賊空賊が嫌がらせに来るぐらいはあるかもしれませんが……」
「トリステインが降伏すれば、一兵も必要なしに白旗を掲げることは明白ですからね」
 流石にアルビオン、トリステインが滅亡して、セルフィーユが生き残れるとは思わない。王家だけ逃げ出すわけにも行くまいが、それこそ拿捕した商船を蓄えて国民全員を乗せ、難民化してでも逃げるべきだろうか。この際は人口が少ないことこそが強みで、無理に乗せれば手持ちのフネでも事足りる。しかし……ツェルプストー辺境伯に頭を下げるのは構わないが、開戦の口実にでもされると困るか。
「本当に来るかどうか、微妙ですが……。
 トリステインより先に、我が国を下して大陸への足がかりにしようとする可能性は、どう見ます?」
「非常に低いですな。
 我が国が多少アルビオンに入れ込んだところで、抗議以上のことは出来ませぬ。
 正面切ってレコン・キスタの艦隊が来るには、少々立地が立て込んでおります。レコン・キスタ側にすれば大陸侵攻の根拠地として、空港、海港を備えたセルフィーユは都合の良い位置にありすぎますから、流石にゲルマニアが黙っていません。
 それこそ裏事情や遺恨など、一瞬で吹き飛びますぞ」
 セルフィーユは真っ正面からゲルマニアの面子を蹴り飛ばしたことはない。蹴ったのはガリア王だ。だからこそ、見逃されているのである。そのガリア王にしても諸国会議の席上での舌戦によるものであり、軍を差し向けてゲルマニアの喉元に杖を突きつけたわけではなかった。
「幸いなことですが、現状ゲルマニアがレコン・キスタと結ぶこともあり得ませぬ。
 同盟が成立した途端、何も言わずにガリアが敵に回りますな。
 ただ、状況の変化にてそれぞれの位置関係が変わることもありますので、絶対とは申せぬのが苦しいところでありますが……」
 それもそうだと、リシャールは頷いた。
「……レコン・キスタの使者が来る心づもりで、ゲルマニアに対しても内情を筒抜けにしておくのがいいかもしれませんね」
「なるほど、セルフィーユとしても言い訳が立ちますな。
 こちらが二枚舌を使ってゲルマニアを翻弄するわけにはいきませんが、案外、トリステインへの援護射撃になるやもしれません」
 ゲルマニアかガリアか、トリステインがどちらの援軍を望んでいるのかはリシャールの耳にも入っていないが、何もせぬよりはましかと頷く。
「時期はともかく……私の方から、ツェルプストー辺境伯に手紙を書いておきましょう。
 ああ、予算案はこのまま承認します」
「畏まりました」
 金額はセルフィーユの国家予算に匹敵するほど大きいが、この状況で貯め込んでおく意味はない。使い道はさっさと決めてしまうが良いとばかりに、リシャールはフレンツヒェンの差し出した紙片にサインを入れた。

 更に三日ほどして定期便の『カドー・ジェネルー』が戻ってくると、ようやくロンディニウムの戦闘について詳細が入り始めた。時間としては先月末から今月初頭のことだが、TVや電話のないハルケギニアでは現地から直接竜使を飛ばしたとしても、距離はそのまま情報の遅れとなる。
 アンリエッタからの返書は後回しにして、先ずは気になっているアルビオンについて聞く。
「それでシャミナード艦長、どうでした?」
「はっ、貴族派は主目的であるロンディニウム攻略を断念し、王党派は辛くも王都防衛に成功したとのことであります」
 レコン・キスタ側はレキシントン会戦と名付けられた初戦にこそ勝利したものの、重厚な陣地を構築して待ちかまえていた王国軍を突破することは出来ず、双方に大きな被害が出て戦況は膠着し、ロンディニウムは辛うじて守られる結果となったらしい。
 この間およそ一週間、地上戦は王立近衛騎士団の投入もあって倍する敵を押し返したが、空海戦は数に勝るレコン・キスタ有利に終始して防衛艦隊は敗退、両軍は次の戦闘を見越して再編期間に入っているという。
「再編とは言っても、これでは王党派の方が不利でしょうね……」
「特に王立空軍は補充が厳しいでしょうな。
 対してレコン・キスタは数に勝る上、先に押さえたロサイスには大量の保管艦があるそうです。
 叛乱時に破壊されたフネも、徐々に修理はされておるでしょうし……」
「……数の差が益々開きますね」
 王党派は一息着けた様子だが、ジリ貧は変わらない。いや、より追いつめられたと見るべきか。
「トリスタニアの様子はいかがでした?」
「王宮は少々騒がしい程度で、アンリエッタ殿下も特には何も……。
 市中は戦の話で持ちきりですが王党派やや有利の支持、次の一戦、どちらが火蓋を切るかと噂しております」
「双方の兵力や被害の詳細が知りたいところですが……流石にまだ、トリスタニアにも伝わっていませんよね?」
「はい。
 そこは『ドラゴン・デュ・テーレ』の方が詳しく持ち帰るでしょう」
 早ければスカボローに着いている頃だが、伝わるのが遅い戦局同様、今頃何をしているかはわからない。
 距離は主戦場にある双方に等しく影響し、後手に回る原因とも先手を取れる要素とも成りうる。
 今頃はジョゼフ王の遊技盤も、忙しく駒の入れ替えがされているのだろうか。
 シャミナードを労ってフネに返すと、あれこれ考えながらアンリエッタからの親書を開封する。……やけに分厚いが、良くあることなので気にしてはいけない。
 内政や経済に関する質問や課題などは、届かなくなって久しかった。
 代わりに最近届くようになったのは、アルビオンを中心とした国際情勢や軍事に関わる情報である。時にはそちらに疎いリシャールから見ても明らかに軍事機密だろうと思われる詳細な資料が届き、『ご検証されたし』などと付箋がつけてあった。
 良くも悪くもリシャールの即位以来、アンリエッタには遠慮がなくなった。大国の主人たる堂々とした態度のようにも、単に距離が近くなって甘えられているようにも思えるが、『おまけ』として包み込まれている紙束がマザリーニの許可なく私信に添付出来るような範囲を越えているので……おそらくは外交の勉強とでも位置づけられているのだろう。視点を変えれば、リシャールにも課題を与えているようにも見える。両者が育てば、マザリーニには正に一石二鳥となるかもしれなかった。
「……これは流石に専門外だなあ」
 ちなみに本日届いた資料は新型艦の設計資料で、紐止めの表紙には仮称艦名『ヴュセンタール』素案と書いてある。鳴り物入りなのか、戦列艦やフリゲートという区分ではなく、新たに『竜母艦』という艦種が作られてそちらに類別されていた。
 中の図面は幾つかの候補があるものの大同小異であった。竜騎士を飛行機に見立てれば、リシャールには『航空母艦』としか言いようのない平たくて広い甲板を持たせた艦で、搭載する竜騎士は四十頭余り、離発着に邪魔な主帆は左右に三対計六本が昆虫の足の如く見える配置だ。
 帆走軍艦の時代に空母など、歴史がひっくり返っているにも程がある。どこの知恵者が思いついたんだろうと余計なことを考えつつ、リシャールはぱらぱらと資料をめくった。
 これについて意見を述べよと求められているわけだが、竜騎士ながらアルビオン貴族であるエルバートに見せて意見を聞くわけにも行かず、戦争映画やドキュメント特番を思い出しながら空母の戦いはどんな展開だったかなと、筆算に使う書き損じの紙束に書き散らしてゆく。……残念ながら、出し惜しみをしている場合ではないのだ。
 アルビオンにも伝えたメイジに頼らない対空砲火という考え方、竜騎士の運用には迎撃にも部隊を割いておくべしと言った運用法から、直接護衛する艦艇が取る輪形陣といった戦術、敵が同様の艦種を投入してくる可能性についての示唆など、素人考えながらに思いつく限りを書いたが、落ち着いて見直せば穴だらけもいいところであった。
「……竜騎士なんて何百年も前からいたんだし、今更か」
 竜騎士が飛行機の代わりのように使われ、ずいぶん前から戦列艦に乗せられていたことは知っていた。
 取り敢えず、散弾砲の見本と設計図あたりは進呈しておこうかと、トリステインに譲渡する旨を公文書の用紙を取り出して書き付けると、軍需工廠と港に人を走らせて手配を済ませておく。
 ……最近と言わず、思い出したその場で片付けておかないと、後に仕事がたまって仕方がないのである。




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