ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第四十一話「諦観も希望も」郊外の演習場に簡易船台を作った翌朝、補給物資の手配とは別に水兵や随員らへの差入れをするように私的な財布からジャン・マルクにいくらかを渡して采配を任せると、リシャールはご機嫌伺いを兼ねて宰相執務室に向かった。 ウェールズはまともに寝ていないのか、酷い有様だった。涼やかなはずの目元には隈が浮かんでおり、端正な顔は疲れ果てている。 「大丈夫かと聞くのは逆に失礼かも知れないが……寝てないのかい?」 「……戦闘中の艦長と同じだ。 合間に仮眠は取っている」 言動はしっかりしているのが、逆にウェールズの立たされた状況を浮き彫りにしているかのようであった。 「……そうだ、リシャール」 「なんだい?」 「君の帰国はもう少し後にして貰えれば、こちらとしては助かるのだが……」 「あー、うん。 この状況じゃあちょっとね。許可を貰っても躊躇うよ」 航路どころか王都さえ危ないように見えるのだが、それを口にせぬだけの分別はある。 これは気遣うよりは正面から聞いた方がよいかと、リシャールはウェールズの様子を見て態度を切り替えた。 「クロイドン軍港はどうなっているかな?」 「……酷い有様だ。 無事たどりついたフネも、あの騒ぎで傷ついたものが多くてね。 周辺の警戒を濃密にしていたおかげで、半数が外に出ていたのは幸いだよ」 「復旧はかなり先になるか……」 「基本機能を取り戻すのに、突貫工事で最低ひと月は必要だ。 もう一つのバーネット港は役に立ってくれているが……」 我らが王立空軍もかくの如しさと、ウェールズは力無く微笑んだ。 「こちらもとりあえず報告しておくよ。 簡易船台は予定通り、半日かからず完成できた」 「半日か……」 「風石機関を止められるよう、フネを固定することだけに機能を絞ったからね。 外板の補修作業さえ厳しいけど、少なくともフネを休ませることが出来る」 「君は確か、トライアングルの土メイジだったな?」 「ああ。 クロイドン軍港再建までの時間稼ぎに必要なら、もう幾つか作ろうか? フネを追い出せれば、工事が必要な桟橋や船台が開けられるだろうし……。 ついでに言えば、戦列艦用のものでも、十メイル級の攻城戦用ゴーレムを扱える者……ラインの土メイジが丸一日頑張れば大丈夫だと思う。 基本的にはでっかい塹壕を掘って土を固めるだけ、それも敵弾に撃たれることなんか考えていないハリボテの塹壕だから、手慣れた『陸軍士官』なら僕より素早く作るんじゃないかな?」 ウェールズは訝しげにリシャールを見ていたが、こちらの言いたい事はすぐに理解したようだった。 思いつく思いつかないという発想の転換よりも、この場合は陸軍と空海軍に於けるセクショナリズムの方が問題だろうか。だが、海の失態を陸に拭わせるなど派閥争いを助長すると、意地を張っている場合ではないのだ。 「クロイドンの突貫工事が馬鹿らしくなるな……」 「クロイドンはありとあらゆる整備が出来ないと軍港として不的確になるけど、こっちは極限まで手間と機能を絞ってるからなあ。 雨が降ったら溜まった水を掻き出すのは手桶だし……」 「……そうだった」 先ほどと同じ言葉を繰り返してから何かに気付いてかぶりを振り、眠気を追い出したウェールズは、さらさらと命令書を書き上げてリシャールへと示した。次いで呼び鈴を大きく振って、官吏を呼びつける。 「お呼びですか、殿下?」 「リシャール陛下をレストンの執務室にご案内してくれ」 「畏まりました」 「リシャール、予備の連隊を一つ、君に預ける。 速やかに仮泊地を作り上げて欲しい」 「任された。 必要なことは軍務卿閣下にご相談する。 ……それと、もう一つ秘伝を授けていこうか」 「なんだい?」 「椅子で仮眠する時には、靴を脱ぐと効果が高いそうだよ」 「ふむ、次からは気を付けるとしよう」 今は戦時と互いに敬礼を交わし、リシャールは官吏に案内されて宰相執務室を後にした。 政府庁舎に宛われているらしい一角は、当然ながらセルフィーユの王政府などよりも余程大きい。 レストン軍務卿の執務室は、ウェールズの宰相執務室からでも優に百メイルは離れていた。 「軍務卿閣下、リシャール陛下がいらっしゃいました」 「いつぞやの商談以来でありますな、陛下」 「お久しぶりです、閣下」 二隻のフリゲートを購入した折、ウェールズの商談に立ち会っていた軍務卿のことは覚えている。 先週までならえん曲な比喩を取り回している暇もあったのだろうが、流石に今は余裕がない様子だった。 「ウェールズ殿下よりこちらをお預かりいたしました。 それと仮泊地の規模は、閣下にご相談せよとの事だと思います」 リシャールが預かった命令書は、無論リシャールに宛てたものではない。ウェールズが直接掌握している連隊の中から一つをリシャールの指揮下において、仮泊地の完成に協力せよと書かれていた。 「ありがとうございます。 修理を後回しにせざるを得ないフネ、それから完調のフネ……二十隻分もあれば十分かと。 それから……申し上げにくいのですが、陛下の指揮下に入る連隊は定数に満たない予備役、士官は半分、兵士は定数の一割というところでありまして……」 「土メイジの数が確保できるなら問題ありませんし、連隊の一割でもうちの領軍よりは多いでしょう」 頭数が揃っているなら一個連隊は千五百人を軽く越えることもあるが、動員前の基幹部隊のみならそんなものだろうと頷く。士官が定数の半分なら五十名弱、土系統のメイジ士官が十人も確保できれば作業は問題なかった。そもそも常備の連隊はレコン・キスタとの戦闘に備えて忙しいはずで、王都を守る配置についているか、あるいは……既に進軍していても不思議ではない。 ほんの五分ほどで概略を決定すると、連隊の詰め所にウェールズの命令書とレストンが新たに書き付けた詳細を持たせて伝令を送って貰い、馬車や工事用具のみを持たせての現地集合としておく。一々集合して整列させるなど、この際時間の無駄だった。 リシャールは一度客室に戻り、フネのところに居るからと言付けてアーシャに乗って素早く移動した。 「二十隻分、でありますか?」 話を聞いたラ・ラメーはやれやれと大きくため息をついて、今はだだっ広い演習場を見渡した。 「はい。 戦列艦用の百メイル級が八、その他に用いる五十メイル級が十二。 一個連隊の支援がありますから、今日中にはなんとかなるでしょう」 「昨日の様子でしたら、まあそれほどは……。 しかし、一個連隊ですか、随分と張り込みましたな?」 「動員が済んでおらず、士官は半分で充足率は一割の後備役連隊ですけどね。 連隊と言うより、メイジ比率が異常に高い半個大隊と見た方がいいかもしれませんが……」 「……納得であります」 リシャールは連隊の到着を待ちつつ、ゴーレムで大凡の縄張りを開始した。 ラ・ラメーとビュシエールは水兵に手伝わせながら、線を引く目印に長い縄と棒で位置を指示する役目である。 「陛下! アルビオンの方々が到着なさいました!」 「連隊長と幹部だけでいいので、こちらに案内して下さい」 「御意!」 待つほどのこともなく、数名のアルビオン軍人がこちらへと走ってきて敬礼した。 「王立レスターシャー連隊、到着いたしました。 自分は連隊長のマーティン・オルドリッジであります」 「セルフィーユのリシャールです」 リシャールもゴーレムを操っていた軍杖を降ろし、答礼した。 アルビオンは既に戦時体制であり、彼らも整列はしたが平時では跪くところを敬礼で済ませている。 「忙しいところを駆り出して申し訳ありませんが、早速本題に入りましょう。 現状はお聞き及びですか?」 「は、我が連隊にも動員準備命令が発せられております」 「先日のクロイドン軍港襲撃は記憶に新しいと思いますが、ウェールズ殿下よりこの演習場の一角を仮の艦隊泊地にするよう、『ご希望』がありました。 大凡の仕様はレストン軍務卿閣下と協議を済ませましたが、貴官らレスターシャー連隊が主力です。 土メイジのクラスと人数はどうなっていますか?」 「小官を含めてトライアングル四名、ライン十四名、ドット十名少々であります」 「では、それ以外のメイジの総数と平民兵士の人数は?」 「残りのメイジは約二十名、兵士は一個中隊強であります」 予備の連隊に限らず、土のメイジは陸軍への志願者が多かった。系統ごとの適正というものは、やはり存在する。リシャールに限らず、土メイジは空の上では陸に上がった魚の如く魔法の媒体に苦労するのだ。 特に空軍が軍の主流であるアルビオンでは、土系統も船匠などに必要とされるが花形とは言えず、風系統のメイジに限らず空軍を志す者が多かったから、この偏った比率も頷けるし戦力として申し分ない。 「では土のトライアングル四名は私と共に大船台を、残りのラインメイジは二人一組で小船台を担当、ドットは各々の補佐とします。 指揮系統を解体してしまうことになりますが、土メイジこそがこの『作戦』の要です」 「了解であります」 他国の王の指揮下に入れという命令がどうなのかという疑問も浮かぶが、ウェールズの手になる正規の命令書は既に発効していた。それに、まがりなりにも同盟国の王である。反論も出来ないというところであろう。 「土以外のメイジ士官諸君は兵士を指揮すると共に、こちらのラ・ラメー男爵の指示に従って、木材の切り出しと運搬を願います」 「セルフィーユ王国空海軍司令長官、アレクサンドル・フランシス・ド・ラ・ラメー『中将』であります」 指揮する艦がたったの三隻で中将とは大した虚勢ですなと、当人は苦笑いで済ませていたが、一国の空海軍の総元締めが少将や准将では交渉ごとの席に着く場合に問題が大きいのだ。陸軍総司令官となったレジスも陸軍の総数が一個中隊にも満たない七十名で中将を名乗らされており、同じく現状との乖離に頭を抱えていた。……それを言うなら僕はどうなるんですと、形式上は大元帥でもあるリシャールは両人を宥めてその階級を押しつけている。 「あちらに昨日作った見本がありますが、基本的には深くて大きな塹壕を掘るようなものだと思って下さい。 外観はご覧の通りで美観も防御も考慮する必要はありませんが、崩れないよう掘削後に固定化を掛ける必要があります。 私は大雑把に掘って後で微調整しながら仕上げましたが、手慣れた方法があるならもちろんそちらで構いません。 手間をかけず、拙速を心懸けて下さい」 「了解であります」 オルドリッジ連隊長も、王立空軍の混乱のみならず他国の王すら借り出すこの状況を危機と見ているのだろう、余計なことは口にせず、すぐに部下を割り振って作業に取りかかった。 「……流石だなあ」 実際、リシャールなどより軍歴も長くゴーレムの扱いにも慣れている士官が多いのだろう、レスターシャー連隊の動きは素早かった。 ラインメイジたちも塹壕掘りには慣れている様子で、手際よく作業を進めている。 リシャールも今手がけている船台は昨日の倍以上の大きさだが、難しいことをしているわけではなかった。父クリスチャンの二つ名は『塹壕』であり、多少はコツも手ほどきされている。 昼過ぎにはそれらしい姿が見え始め、夕刻前には全ての船台が完成した。昨日は自分一人だったが、連携の取れた二十名以上もの土メイジを投入するとまったく効率が違うなと頷かざるを得ない。 「クロイドン軍港と、それからハヴィランド宮にも連絡を入れて下さい」 「了解であります」 日が落ちるには間があったので、オルドリッジらは多少なりとも使い勝手がよいようにとラ・ラメーに意見を聞きながら荷役台を作り、リシャールは二人ほどを借りて宿舎を幾つか配置して回った。 「ご苦労様です、オルドリッジ連隊長。皆さんも」 「いえ、塹壕線や拠点の構築訓練に近いものでしたから、そう苦労はありませんでした」 杖を手に整列した士官たちを労い、リシャールは仮泊地を振り返った。 誰かが気を利かせたのか、野営さながらに篝火やたき火の準備がそこかしこで始められている。 セルフィーユでは土メイジばかり二十人も集めることなど不可能で、リシャールは改めて国力差を痛感していた。彼らはこれでも現役の後ろにある予備役、第一線の部隊ではないのだ。 募兵だけでなく徴兵も始まっているアルビオンだが、セルフィーユでは連隊規模の部隊を組織することは事実上不可能だった。五歳の子供から七十八十の老人までが名を連ねれば書類上では揃えることは出来ても、あまりにも現実からかけ離れている。代わりに傭兵を募集して不足を補うなら、今度は経済力の点で問題があった。 部隊の三割ほどを仮泊地の管理に残し、馬車を連ねて詰め所へと帰還するレスターシャー連隊を見送りながら、危機的状況ではあっても流石は大国と嘆息する。 「陛下、第一陣が見えました」 「……陸兵では篝火の維持が限度でしょう。 港から要員がくるまでは、こちらで人手を出して誘導してください」 しばらくは自分もこちらに詰める方がいいかなと思案しながら、ゆっくりと降りてくるフリゲートに向けてリシャールは歩き出した。 翌日も仮泊地で船台の微調整や増設で丸一日を潰しようやくハヴィランド宮に戻ったが、二、三日で状況が大きく変化するはずもなく、リシャールはまとめられた報告を見ながら出発はいつになるだろうかと思案していた。 先ほどまではジャン・マルクを相手に駄弁を重ねていたが、彼にはリシャールの護衛以外にも、随行の代表という仕事もある。報告に来たラ・ラメーと入れ代わりに、今は宮内府に赴いていた。 「サウスゴータやダータルネスでさえ連絡が途切れがち、スカボロー方面は貴族派との空海戦が散発的に起きておるようです。 大陸との表玄関が押さえられておりますからな、貴族派はスカボローも完全に押さえてしまいたいでしょうが、王国側はそのようなことを許す気もないでしょう」 「この小競り合いを前哨戦と見るか、痛み分けた故の時間稼ぎと見るか……。 艦長はどう思われます?」 「あちらも勢いで押したいところでしょうが、索敵線上で起きる個艦単位や戦隊単位の小競り合いならともかく、総力上げた大作戦なんぞどう頑張っても年に数度が精々ですからな。 その一回をロサイス叛乱と数えて……それがわかっておるからこそ、王国側も『今は』回復に専念していられるのです」 「つまり、大規模な戦闘はしばらく起きない、しかし我々は一隻、偶発的な戦闘にいつでも巻き込まれる可能性がある、と?」 「はい。 しかしながら王国側も大陸との連絡線は確実に維持したいはずで、ロンディニウムからサウスゴータを経てスカボローへと至る航路及び街道の確保には力を入れるはず。 小官は、それを待っておるのです」 サウスゴータは、ロンディニウムとロサイスのほぼ中間に位置する大きな都市である。そこから南に下ればロサイス、南東に行けばスカボローだ。 ロサイスは言うまでもなくアルビオンの表玄関だが、多少遠回りにはなるもののスカボローもラ・ロシェールと大きく距離が離れているわけではない。 「行けと言われれば今すぐにでも抜錨いたしますが、少しの待ち時間と手間で艦の安全度が変わるとわかっておるのに、貧乏くじを引く気はありませんのでな」 「アルビオン王立空軍のご活躍に期待しましょうか……」 そろそろ滞在も二週間になるが、ここで焦っては元も子もない。 セルフィーユの一行はアルビオンへの協力で時間を潰しながら、主君も随員も、ここぞという時を待っていた。 ウェールズらはロンディニウムの防備を固め、王都にあった駐留艦隊を中心に稼働艦のみで編成した艦隊を警戒に宛てつつ、クロイドンの復旧や損傷艦の修理に追われている。陸の方でも四個連隊に支援部隊を加えた約八千の兵力が、ロンディニウムを囲むように配置されていた。市中は市民が逃げ出すほどの騒ぎには至っていないが閉めている店も多く、人々は不安げに状況を見守っていた。 レコン・キスタはロサイス占領は革命の第一歩であると大きく喧伝していたが、あちらも相応の被害はあったのか、あちこちで三色に塗り分けられた革命旗を掲げた『敵艦』との小競り合いは見られたものの、本格的な進軍には至っておらず膠着状態となっている。 双方密偵を放っているとは聞くが、ロサイスの叛乱で艦隊のどれだけがレコン・キスタについたのかさえ不明、そもそも首班たるオリヴァー・クロムウェル議長の名は知られているが、貴族派と名乗る割には貴族の名は不思議なほど表に出ていない。しかしながら王命による参集の檄に応じる諸侯が少ないこともまた事実であり、レコン・キスタの根の深い工作が功を奏していると見ていいだろう。 おかげでリシャール達も足止めを食っているのだが、これはいっそ、出発の許可が出ても日中は理由を付けて引き延ばし、夜陰に紛れてこっそり逃げる方がいいのではないかと相談していた。面子にこだわっている場合ではないのは、アルビオンだけではない。 航路の安全確保なども、今だけは『小さなこと』と後回しにされている。己の論理で安全の度合いを導いてロンディニウムを発つ商船もあったが、無事を知るにはもうしばらく時間が必要だった。 そろそろ月も変わるし、ウェールズらの頑張りに期待したいところである。 「陛下、ジェームズ陛下より遣わされたと、お使者が参られました。 奥向きまで足を運んでいただきたいと仰せられているそうです」 「すぐ向かいます。 ああ、この書き付けはジャン・マルク隊長が戻ってきたら見せて下さい」 「畏まりました」 「では、小官はフネに戻ります」 叛乱に絡んで何かあったのならウェールズから使者が来るはずで、別の要件かと首をひねる。 先日の『講義』の続きかなと小さく呟いたリシャールは、身だしなみを調えた。 従者について歩くこと数分。 ジェームズ王に迎えられたのは、先日とは別の応接室である。 「すまなんだな、色々と」 「いえ、我が国は建国したばかり、一同には貴重な経験を積ませて貰っているものと考え、国難に臆せず立ち向かうアルビオン諸卿のあり方を心して学ばせていただけと声を掛けております」 「……ふむ、その様に言うて貰えるとありがたいの」 老王は瞑目してから、リシャールに一通の手紙を示した。飾り箱さえ使われていないところを見ると、本物の私信であろうと思われる。 「これはマリアンヌ殿に宛てたものでな。 国に帰る折、トリステインへと寄って戴けるか?」 「はい、お預かりいたします」 「……数日の内に、スカボローを確実に押さえる為の艦隊が進発いたす。 途中までご同道されるが宜しかろう。 ……リシャール王からは、何かあるかの?」 まるでこれが最後と……いや、『最期』と言わんばかりのジェームズ王の態度に、リシャールは訝しんだ。 少しばかり迷ってから、深呼吸をして直截な質問を口に乗せてみる。 託されたのは手紙が一通、それも王太女であるアンリエッタ宛ではなく、政治的には影響力のほぼないマリアンヌ王后宛のものであったことに気付いたのだ。 「……諸国に援軍の要請はなされないのですか?」 「さて、どうであろう。 ……王都にさえ戦火の及んだ白の国、朕がガリアやゲルマニアの主であれば、諸国会議の決定など何処吹く風ととぼけような」 意地の悪そうな笑顔を浮かべたジェームズ王は、お主ならどう答えるとばかりにリシャールを見据えた。 そんなはずは……と言いかけて、リシャールは口を噤んだ。セルフィーユがあの会議でどうなったか、思い出したのである。 諸国会議はつい先日開かれたばかりだが、古狸どころではない魑魅魍魎の集まる深淵だったようで、何ともやりきれない。 「ガリアとゲルマニアはアルビオン失墜の機会を逃すはずもなく、艦隊が整備中、連隊が編成中と理由を付けて引き延ばしおろう。 ロマリアは遠すぎる上に、そも、あれらくそ坊主共が動くはずもなし。 トリステインは……次期宰相とまで言われたリシャール王の方がよくご存じであろう?」 「いえ……ええ、はい」 援軍を送るところで体力が尽き果て、勝っても共倒れになりそうなトリステインであった。なんとか経済再建の一手をひねり出すべく書類と格闘していたリシャールは、そのことを知りすぎていた。 「……もう、間に合わないのでしょうか?」 「さて、どうであろう……」 老王の表情には、諦観も希望も……何も見えない。 つまるところリシャールでさえ気付くようなことを、ジェームズ王もアルビオンも気付かないはずがないのである。 アルビオンは、近いうちに滅ぶ。 ……いや、テューダー朝からクロムウェル朝に代替わりすると言うべきか。 リシャールが騒ぎ立てたとて、小指の先ほども結果は変わるまい。 これがハルケギニアの選んだ歴史の道筋なのかと、唇を噛む。 しばらくは沈黙が小部屋を支配していたが、リシャールはふっと息を吐いて顔を上げた。 「……もう一度、『料理人』でも呼びつけましょうか?」 「……頼んでもよいかの?」 「はい、もちろんでございます」 丁寧に一礼して小部屋を後にすると、リシャールはもう一度大きく息を吐いた。 心底、やりきれない気分だった。 「リシャール、次に会うときは……」 「ああ、戦勝祝いには呼んでくれ、ウェールズ」 「うむ、確約しよう」 ジェームズ王に再び夕餉を振る舞った翌々日。 月の変わり目になって、急遽編成されたレコン・キスタ討伐艦隊三十余隻に囲まれ、『ドラゴン・デュ・テーレ』はようやく王都ロンディニウムを後にした。 ←PREV INDEX 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