ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第四十話「近づく災禍」




 『ドラゴン・デュ・テーレ』に出航の下準備を伝令して同時にラ・ラメーを呼ぶと、リシャールはウェールズの元に向かった。
 宰相執務室の大扉は開け放たれており、官僚や軍人が忙しそうに出入りをしている。
「ウェールズ!」
「……リシャール!?」
「ジェームズ陛下よりご裁可を頂戴してきた。
 空荷のフリゲートしかないけど、使い道があったら声を掛けてくれ。
 帰り際にトリステインへの用があるならそちらも引き受けられるし、僕だって王冠を頭に乗せておけば、大抵のお城は正面から入れて貰えるだろうさ」
「……ありがとう。
 だが、こちらも混乱から抜け切れていない。
 しばらくは待機して貰うことになるが……」
「もちろん、構わない」
 多くを口にせず、リシャールは引き下がった。
 彼の邪魔をする気はないのだ。
「……連中の尻尾をつかみ損ねたおかげで、この有様だ。
 すまないね」
「気にしなくていいよ。
 うちだってアルビオンにはずいぶん世話になっている」
 また後でと、人の行き交う執務室をそっと出ていく。
 ロンディニウムを守るための準備は、既に始まっていた。

 宛われた客間に戻ると、リシャールはハヴィランド宮に連れてきていた随員を集めた。セルフィーユ王政府所属の官吏まで含めると十余名ほどだが、馬車一台には収まりきらないものの、ウェールズをしてもう少し増やしたまえと言わせた人数である。
「さて、ロサイス叛乱の話は皆も聞いたと思う。
 セルフィーユがアルビオンに協力をするのは当然だが、これはセルフィーユの立場を守るためでもある。忙しくなりそうだけれど、頑張って欲しい。
 ラ・ラメー艦長が来るまで少し時間があるので……ジャン・マルク隊長」
「はい、陛下?」
「いまのうちにトリステインのクーテロ大使殿と連絡を取りたいので、隊長には急使を願います。
 今から一筆書きますので、トリステインの大使館へと向かって下さい」
「了解であります」
「フェリシテとジネットは、いつ出立してもよいよう用意だけは調えておくように。
 ……明日明後日ではないと思うけど、緊急の場合、衣装など替えのきく物は預けたままでも構わない」
「畏まりました」
「王政府の代表団は条約の書類などをまとめ、フネに運び入れる用意をして下さい。
 主な日程は全て終わっていたと思いますが、ジェームズ陛下との会食中に何か問題はありましたか?」
「はい、トリステインとも事前協議が必要とされる案件が新たに発生しましたが、それ以外は全て予定通り終了いたしました」
「よろしい。
 それ以外の者は、フェリシテの指示に従って準備を進めて欲しい」
 リシャールは一旦解散を命じて、自分で文箱を用意するとクーテロ大使への手紙を急いで書き付けた。

「陛下、フネはいつでも出航できます。
 しかし……ロサイスが叛乱とは、にわかに信じられぬところではありますな」
 ジャン・マルクが急使に出てしばらく、慌てた様子もなくラ・ラメーが現れた。
「ですねえ。
 一応、助力は約束しましたが、どうでしょう?」
「アルビオンとしては、お客には巻き込まれぬうちに帰って貰うのがよいでしょうがさて……」
「あー、それもそうですね……」
 失念していたが、立場を入れ替えてみればすぐにわかることだった。客人が帰路に難を被るなど、非常にありがたくない。
「しばらくはロンディニウムに留め置き、航路の安全が確認出来次第、何某かの軽い依頼を与えて帰還……あたりではないかと小官は予測いたします。
 大規模な叛乱とは聞きましたが、軍港の方には具体的な内容が何一つ入ってきておりませんでな」
「司令長官が暗殺、副司令官がレコン・キスタとして名乗りを上げたそうです。
 敵味方、誰を相手に砲門を開けばよいのかわからぬほど混乱していた、と……」
「むう、リッジウェイ閣下が……」
 しばし瞑目して聖印をきったラ・ラメーに、知り合いであったのかと聞くのは躊躇われた。
「艦長、もしもクロイドン軍港がアルビオン艦で満杯になるようなら、演習場かどこかを借りて停泊してください。
 損傷艦には止まり木が必要でしょう?」
「了解であります。
 ……どちらにせよ、フネの方は任されました。
 最悪の場合でも、陛下にはご自身の騎竜がございますからな。
 御召艦の艦長としては随分と気楽なものですぞ?」
「頼りにしてますよ」
 その他にも緊急事態への対応について幾つか決め事をまとめると、ラ・ラメーを帰してジャン・マルクの帰還を待つ。
 しかしだ、どうしてこうアルビオンへの旅行中は問題が起こりやすいのかと、リシャールは小さくため息をついた。

 翌日になって、ロサイス叛乱の詳報がリシャールの元にも届きはじめた。
 正確にどこをどうしたものかまではわからないが、ラ・ラメーが集めて回っている様子である。ハヴィランド宮は不夜城の様相であったものの、当たり前だがリシャールのところまでは情報が届かないよう配慮されていた。
「えー、『半数が叛乱、その残りの半数が撃沈および中大破と思われるも状況は不明瞭なり』……」
「滅茶苦茶ですな……」
 ラ・ラメーの報告によれば、今朝方よりぽつぽつと撤退してきた損傷艦と共に情報が到着しているらしい。この規模では隠しようがないのだろう、市中にも動揺が広がっている様子だった。

 リシャールもラ・ラメーからの講義で知っていたが、アルビオン王立海軍に所属する艦艇は、往事には主力の戦列艦だけでも百隻を越えていた。それが相次ぐ叛乱とその後の戦力拡充策で数字が変動しており、第一線で任務に就いている戦列艦は六十隻前後、予備役として船台に留め置かれている戦力外の艦艇も多いという。それでもトリステイン空海軍に倍する一大空海軍戦力であることは間違いないし、セルフィーユとは比較にならない規模である。
 それが一日にして崩壊するほどの変事が起きてしまったことには、驚きを隠しようがなかった。
 副司令官の他にも一部の指揮官や艦長に同調した者がおり、戦闘も激しかったが誰が味方で誰が敵かわからず、その上で混乱を助長する方向で叛乱が煽られたのである。群集心理がどうのと、賢しらに分析する必要もないだろう。
 今朝の時点でロサイスから到着したのは竜騎士の他には極めて足の速い数隻だが、その数は今後も増えるだろうとラ・ラメーの報告は締めくくられていた。
 
「リシャール様、これは思っていたよりも厄介かも知れませんぞ?」
「……ジャン・マルク殿?」
 うむむと考え込んでいたジャン・マルクが、ため息をついてリシャールを見つめた。
「自分には空海軍のことはわかりませんが、兵隊に置き換えてみれば想像がつくこともあります。
 百隻の船を百人の兵士に喩えれば、半分が裏切った時点でそんな戦いは既に負け戦であります。しかも残りの半分は死傷となればなおさらでしょう。
 委細構わず逃げた方がよいのではないですか?」
 ジャン・マルクの言葉はもっともである。加えて彼は近衛の隊長で、リシャールの身の安全を第一に考えるのは当然であった。
「国が笑われるのは……良くはないことですが、別のことで挽回も出来ます。
 しかしリシャール様の身に何かあると、国が消えて無くなりますぞ」
「それも考えましたけどね……」
 正直を言えば、とっとと帰るのがいいとはわかっている。アルビオンに気を使わせるのもよくないだろう。軍港で叛乱が起きたからと、いきなり王都や王城が戦場になるとも思えない。
 この両者を考慮に入れて身の安全と外交の成果を天秤に掛ければ、ハヴィランド宮で時期を待ち、状況が落ち着いた頃にきちんと挨拶をして『こっそりと』帰るのが正解だ。
「これも王たる一つの責務、と言えば少しはそれらしく聞こえる……かな?」
「それはそうですがね」
 彼もわかっているのだろうが、やりきれない気分も含まれているのかも知れなかった。

 二、三日をハヴィランド宮で過ごすと、少しづつ詳しい状況もつかめはじめた。
 同じ禁足同然でもリュティスの滞在時よりは幾らか気楽だが、それでいいものかどうか、微妙な心持ちである。
 数日をかけて、頑張っても戦隊規模、殆どは艦長の判断で個艦にて撤退してきたロサイス駐留の艦隊は全体の四半分にも満たず、艦隊同士の正面決戦に耐えうる二等級以上の戦列艦は僅かに八隻、商船と大差ないスループなども含めて全部合わせても四十数隻と、リシャールでなくとも言葉を失ってしまう数であった。残りは沈んだか、あるいはそのままレコン・キスタに組み入れられたか……。
 正式な発表もなく、戦闘詳報が手に入るはずもなし、足で集めた情報を継ぎ合わせて報告に来たラ・ラメーにも、どことなく疲労と意気消沈が見え隠れしている。
「ダータルネスやスカボローから援軍が集結しつつありますが、小官の確認した限りでは、現在ロンディニウムにあるのは中大破した艦も含めて戦列艦十四隻、フリゲート十五隻、その他二十隻余り、この内まともに作戦を行えるのは半分と少しであります」
「……なんでまた、そこまで極端なことに?」
「空海軍の特殊さ故とも考えられますな。
 貴族派に忠誠を誓う艦長と、王党派に忠誠を誓う士官。
 この両者のどちらにつくか、水兵なら何と答えるか……」
「空海軍に於ける『艦長は絶対』という言葉の意味は、理解しているつもりです」
「王への忠誠心、国への忠誠心とはまた別の論理です。
 確か貴族派は現王家への糾弾を繰り返し、打倒を看板に掲げておりましたな」
「ええ」
「この艦長や士官たちも……直属の司令官や指揮官がどちらについたかで、随分と差があるかも知れませんぞ」
 最近自分を悩ませている忠誠という正体すらもあやふやなものは、またしても難題をふっかけてきた様子であった。
「ですが正直なところ、腑に落ちぬところも多々あります。
 一人一人を見るならば旗印をころりと変えることもあるでしょうが、一時にこれほど大量の離反者が出るほどアルビオンの空海軍は阿呆ではあるまいと、ここ数日小官は考えておりました。
 ……陛下」
「はい?」
「一国の空海軍が、同士討ち同然の騒ぎで丸ごと右往左往するなど、普通じゃあありません。
 貴族派の連中、こちらが考えているより規模が大きいのと違いますか?」
「レコン・キスタの規模……?」
 レコン・キスタを名乗る叛乱軍の規模などリシャールは考えたこともなかったが、思い返せばトリスタニアの新聞社に提灯記事を書かせるほど手が長い集団であった。
 それに数人の諸侯では無理な叛乱も、数十人数百人ではどうだろうか。……嫌な汗が背中を流れる。
「貴族派があらゆる伝を使い、血縁、同期、部下をしっかり抱え込んでから叛乱を起こしたならば、規模次第では案外空海軍の半分は抱え込めるのではないかと愚考いたしておった次第です。
 うちの領主様につけば出世できるぞ、俺の上官は貴族派の偉いさんだからお前もいい思いが出来るぞ、……まあ、口説き文句はなんでもいいでしょう。
 ……陛下はエスターシュ大公の乱をご存じですかな?」
「義父から聞いたことがあります」
 いつだったかその叛乱の折、義母カリーヌが火刑に処されそうになったと聞いた覚えがあった。
「あの時も出世や領地、金を餌に、大層な数の貴族が表に裏に跳梁しておりましたな。
 金で動くのは何も傭兵ばかりじゃありません。貴族だって、動く奴は動きます」
「それは……そうでしょうね」
「更に乱を起こす前のエスターシュ大公は、国家宰相にして飛ぶ鳥を落とすと言われたほど勢いのある人物でありました。その影で叛乱は静かに動いておったとは、後から聞いた話ですが……。
 当時のトリステイン国王陛下は武門一辺倒のお方、文官の取り込みは造作もなく、逆に将来への心配から動いた者もおりましょう。……目が曇っていたのか心が曇っていたのかまではわかりませんが、乗る馬を間違えた連中は多かったですな」
 文官と武官は予算の執行から会議の席順まで、何かと意見の対立があることは知られているし、それは事実だった。セルフィーユでは間にリシャールが挟まっているので目立たないが、まったくないわけではない。どちらも国を守り、あるいは盛り立てるために真剣であるから、リシャールもその平衡を保つことには気を使っている。
「こいつはビュシエールの分析ですが……前にレコン・キスタと名乗りを上げた叛乱から一年余り、その間火の手を上げず、エスターシュ大公同様にじっと王立空軍への離反工作に専念していたならばどうでしょうな?
 誘いを仕掛けたのが宰相か貴族の集まりかという違いはありますが、取り込みで勢力を伸ばし一気に叛乱というのは、常道と言えば常道であるかと」
 ……もしかするとそれ以前、リシャールが空賊に襲われたあの時点で、ある程度組織だった行動が出来ていた可能性もある。否定は出来ないが確認の取りようもないので半ば放置しているが、あの時の動く死体と死者を動かす虚無魔法を行使するレコン・キスタの議長オリヴァー・クロムウェルとは、一つに繋がっている可能性があった。
「どちらにせよ、フリゲート一隻で出来ることは知れております。
 アルビオンからの要請を待ちましょうや」
 『ドラゴン・デュ・テーレ』は演習場に退避しましたのでと言い残してラ・ラメーが去っても、リシャールは少しばかり深刻な表情で考え事を続けていた。
 アルビオンの本国艦隊は国の要だったが、その半分が裏切って王国の手元にあるのは四半分、傷ついている艦も多い。
 二対一の戦力比で戦えば、大抵は少ない方が負ける。
 ……子供でも思いつく、単純な理屈だった。
 
 叛乱五日目の早朝は、市中に轟く砲声が目覚まし代わりになった。
 無論、幾度も繰り返した試射や演習でその音には慣れているが、朝一番から聞きたい音ではない。
「陛下!」
「こっちは大丈夫だよ。
 音は……かなり遠いかな」
 ジャン・マルクらが慌てた様子で寝室へと姿を見せる。
 起床時間には早いが、既に日は姿を見せていて薄暗さはなかった。
 再びの砲声に身構えるが、やはり音は遠い。
「港の方ですな」
「……ここからじゃ見えないか」
 しっかりと目が覚めていることを確認して、リシャールは枕元の軍杖を手に窓から飛んだ。
 ゆっくりと屋根まで飛翔して、分厚い張り出しの上に立つ。
 心配されたのか、ジネットがおっかなびっくりでリシャールを追いかけてきた。
「あれだね」
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
 確かにクロイドン軍港の方向が、白く薄暗い霞みで覆われている。フネは見えない。ハヴィランド宮からは数リーグ離れているので、音は聞こえるが弾が届く心配はないが故の余裕である。
 城門には騎士の一団が集合しつつあった。その向こう、城下に視線をやれば、流石に騒然としている様子だ。
 本格的な戦闘というよりもテロリズムに近いのかも知れないなと、少しばかり考え込む。
 風が吹いたのか、霞みの隙間に僅かに飛び回るフネが見えた。
「うちのフネは運良く退避してるけど……。
 ともかく着替えて続報を待とうか」
「は、はい」
 夜着のままでは使者も迎えられない。
 リシャールは心配させたことを詫びてから、部屋に戻った。

 着替えて朝食ののち、待つことしばし。
 詳細はすぐに飛び込んできた。……とは言っても、こちらもラ・ラメーからの伝令であったが。
「では、レコン・キスタのフネが突っ込んできたと?」
「はい、ダータルネスから呼び寄せた援軍の一部が、突如レコン・キスタの旗を掲げて港を滅茶苦茶にしたそうです」
「港や退避してきた艦隊はどうです?」
「復旧作業中である、としか……」
 後手後手に回っているどころか、さあ反撃と準備している最中に虚を突かれてしまったらしい。
 大胆だが使い捨て同然、しかし戦果は大きい片道の襲撃。
 いつだったか、ウェールズがため息混じりに語ってくれたレコン・キスタの戦術そのままだった。
「これはもうしばらく、足止めになりそうですな」
「……そうですねえ」
 肩をすくめるジャン・マルクに頷き、リシャールはウェールズに訪問の先触れを出すよう命じた。

 催促するのも急かしているような気がしてこの数日はジェームズ王ともウェールズとも顔を会わせていなかったが、たまには『ドラゴン・デュ・テーレ』の方にも顔を出しておきたいところと理由を無理に探した結果、リシャールは演習場の隅を借り受けることに成功した。
「今更演習も何もあったものじゃないからな。
 君の好きに使ってくれ」
「ありがとう、ウェールズ」
 ジャン・マルクを従えて、早速借りた馬車に乗り込む。
「ついでと言うと怒られそうですが、ちょっと試してみたいことがありまして。
 部屋でごろごろしているよりはましでしょう」
「何をお考えなんです?
 しばらく港が使えないから、桟橋か船台を造るというのはお聞きしましたが……」
「そちらももちろんですが、一工夫してみようかと」
「工夫、でありますか?」
「うちは人数が少ないですからね。
 その場しのぎの突貫工事で、どれだけ楽に、なおかつ素早く作業が終えられるか試しておきたいなと、以前から思っていたんですよ」
 到着した演習場には『ドラゴン・デュ・テーレ』が悠々と浮いている。帆も錨も降ろしているが、風石機関は稼働中で僅かな風に揺られていた。
 この『ドラゴン・デュ・テーレ』を収められる簡易船台を、今日のうちに作ってしまおうと言うのである。
 自分がウェールズの立場なら何が必要かを幾つも考えてみた中で、もっとも手間と費用が少なく、比較的優先度の高いものを選んだ結果だった。クロイドン軍港は復旧に力を入れているが目処は立たず、民間港のバーネット港はクロイドンから溢れた軍艦と戦火で足止めを食っている商船で満杯だった。
 通常なら船台の周囲にも使いやすい工夫が施され、修理を担う設備も付随して作られるものだ。しかしそれらを一切考慮せず、風石機関を止めて停泊できる最低限の設備なら、そうは時間も掛かるまい。
 
 上手く行けば大仕事にならずに済むなとフネを見上げ、リシャールは全高十メイルほどでずんぐりとしたゴーレムをゆっくりゆっくりと立ち上げた。
 全鉄製の巨大なツルハシをその場で作り上げ、ゴーレムに握らせる。その場しのぎの魔法任せで『亜人斬り』ほどの強度はないが、地面が相手ならば大して問題にはならない。こちらは幾度も繰り返した道路や住宅の工事で、ずいぶんと慣れた『道具』でもある。
「……よし。
 じゃあ、しばらくは木の切り出しを頼みます。
 許可は貰ってありますが、船体や家屋の材料に使えそうな大木は、もったいないので切らないように。
 また落とした枝葉は焚き付けに使いたいので、こちらも回収すること。
 それと、後で干し草の山が届くように手配していますから、そちらはどこか近場に積み上げて下さい」
 リシャールはゴーレムを操作して、自身の素材を提供した穴を広げさせた。
 がっちんがっちんとツルハシを使っては穴を広げ、崩した土塊を排除してゆく。
 もう一人土メイジがいれば流れ作業が出来るのだが、贅沢は言えない。かと言ってゴーレム二体の同時操作は疲れすぎる。
 それでも小一時間ほどで、幅十五メイル長さ五十メイルほどの少し深いプールのような穴が出来上がった。
 ここからは人手も投入である。
 士官メイジが浮かせて運んできた材木を穴に放り込み、船底が傷つかないように極めて簡単な木枠を組んで行く。曲がったものや短いものが大半で、緩衝材代わりに使うのだ。底の地均しは水兵達の仕事で、やはり即席に作った円匙やツルハシを手渡されていた。
 設計図すら用意していないが穴を掘って簡易の船台にするだけなので、船が動かぬようにすっぽりと収まればいい。『ドラゴン・デュ・テーレ』の船腹が十三メイル少々なので、重修理などの作業をするには余裕が足りないものの、数日の逗留および工事の実地試験と割り切っていた。
「きゅー」
 アーシャも退屈しのぎを兼ねて、材木を運んでくれている。
 リシャールはと言えば、穴の両脇が崩れないように魔法で土を固めつつ、作業の指揮を執っていた。

「右にひとーつ!」
「艦首、着底!」
 最後に『ドラゴン・デュ・テーレ』をはめ込んで、杭から伸ばした帆綱で数カ所を固定して出来上がりである。
 相当に大きな穴だが、掘って固めるだけならそう時間はかからない。
 ここまでで半日弱、昼食の時間に丁度いいぐらいだ。現物がないので較べようもないが、パワーショベルよりもゴーレムの方が自由度とスピードとパワーの点で優れているのではないかと、リシャールは常々思っている。
 やがて機関停止と半舷休息が下令され、ラ・ラメーがフネから降りてきた。
「お疲れさまです、陛下。
 ……船匠班は乗せておりませんでしたからな」
「あちらはあちらで、アリアンス廃城の調査と整備で忙しいでしょう。
 これだって予定外ですよ。
 さて……」
「まだ何か?」
「余力があるので、簡単な休憩所でも建てようかと思います。
 内装は誰かに任せますが、建てるのは私一人でいいですよ。
 ……こっちは嫌と言うほど慣れていますから」
 杖を軽く振るって、掘った土砂から建材ゴーレムを作っては等間隔で並べていく。いつものあれだ。
 リシャールは内心で『安アパート一型改』とずいぶん勝手な命名をしていたが、基本二階建てでそう広くない部屋が幾つも並ぶ、セルフィーユでは『よく見かける』型式の即席建築である。ちなみにモデルは前世で最後に住んでいたワンルームのアパートで、家族向けに部屋を繋げて二LDKとした『二型改』も時折作っていただろうか。
 夕方前、日の高い内に、収容人数を五十人程度と見込んだ簡易宿舎の外装は完成した。それでも余裕があったので、開かないガラス窓をサービスしておく。入り口は開いたままだが、高地のアルビオンでは夜なら寒い時期なので、長逗留になるようならまた考えることにした。昼間だけでも休憩所に使えれば十分だろう。
 あとは干し草を運び込んで予備の帆布を掛ければ、ハンモックよりは多少ましな寝返りが打てるベッドの完成である。
「もう幾つか作ったほうがいいかな……」
「クロイドン軍港は相当な痛手を被った様子でしたからな。実際、民間港のバーネット港にもしわ寄せが行っております。
 仮の桟橋と考えるなら、向こうも欲しがるかもしれませんぞ?」
「明日、殿下に聞いてみましょうか」
 ラ・ラメーとともに、出来上がった簡易船台をぐるりと回って確認する。
 ……ひとたびアルビオンからの要請があれば、戦闘も予想される強行軍での帰国が待っているだろう。
 風石機関を止められるなら十分な整備もできるし、せめて数日だけでも、水兵らを十分に休ませておきたいところであった。




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